主を恐れることは知識の初めである。(箴言1章7節)

大阪の国立の小学校に男が刃物をもって乱入。8人の児童の命が奪われてしまいました。日本の犯罪も、とうとう欧米並になってしまった か、と感じました。考えて見れば、あのオウム地下鉄サリン事件から始まって、世田谷区一家殺害事件そして、今回の事件と、近頃は大量殺人事件が続いていま す。

このような大量殺人事件が大々的に報道される一方で、街々や、駅のホームといった、私たちの日常生活の場でもまた、気にくわない、生意 気だ、眼をつけた、と言って見知らぬ人を殴り死亡させる事件が後を絶ちません。私たちは、このような事件について聞くたびに、社会秩序の崩壊や現代の人間 の人格形成に深い障害や傷があることを感じるのではないでしょうか。いったい、日本の社会、日本の人々はどこに行っていまうのだろうと感じるのは私だけで しょうか。

かつて良く耳にした「地震、雷、火事、親父」という言葉が懐かしくもあります。この言葉は、もう死語になっていまったとさえ言われま す。それは、人々の内に恐れるものが喪失しているということです。近代教育の弊害でしょうか。恐れの喪失は、社会秩序の崩壊、人間関係の崩壊、セルフ・コ ントロールの崩壊を意味します。

聖書は言います、本当に恐れるものは天地を創造し今も生きておられる神であると・・・。この神は、全世界を創造し支配している神です。 しかも、私たちを愛しているお方です。この聖い神を敵にまわしたら、それこそ大変です。勝ち目はありません。しかし、この方を知り、この方を愛を受け、こ の方に従って生きるなら、すばらしい人生を生きることができます。神がいらっしゃることに気がつかないで生きるなら危険です。しかし、神を恐れることを知 る生活は幸いです。