6月26日主日礼拝の説教要約です。
あくまで一信徒による要約ですので神学的に間違った解釈をしている場合もあり得ます。その点はご容赦いただきたく思います。
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説教要約6月26日「徹底した神の真実」
ローマ3:1~8

パ ウロは1章で「異邦人たちが神の裁きにあうこと」2章で「選民ユダヤ人も神の裁きを逃れることはできないこと」を語りました。どちらも大変厳しい内容で す。ここ3章ではパウロは今までのメッセージを一時停止し、別な問題について語り始めます。その問題とは、律法や割礼を与えられていても、形式ばかりを重 んじ、生命を失っている状態では意味がない、ということです。この問題は選民ユダヤ人にとっては、アイデンティティーが崩壊してしまうほど、衝撃的な指摘 でした。さぞ混乱もしたことと思います。

パウロは「では、ユダヤ人の優れた所は一体なんですか」と語り始めました。2節では「それはあら ゆる点から見て大いにあります。第一に、彼らは神の色々なおことばを委ねられています。」と語ります。パウロはここで「第一に」と言っていますから、この 後「第二」「第三」と続くかと思いますが、実はこの後「第二」も「第三」も出てきません。パウロは「最も大切なこと」という意味で「第一」と言ったので す。「最も大切なことは、神のことばを委ねられている」ことだというのです。この「委ねる」は「与える」という意味ではなく「神の託宣集」という意味で す。それは旧約聖書のことです。選民イスラエルであるユダヤの民がどんなに不信仰で不真実であっても、神は彼らを信頼し信用して「神のことばを委ね」たと いうことです。神様は最初から聖書を用いて、ご自身を開示することを意図されていたということです。神様は出エジプト記19章5~6節で「あなたがたは宝 だ、祭司の国、聖なる民とする」と仰っています。イスラエルの民の歴史は、失敗と不信仰の歴史であるにもかかわらず、です。

私たちには新 旧66巻の聖書が委ねられています。神様は私たちに対しても「あなたは宝だ、祭司の国だ、聖なる民だ」と仰るのです。私たちがどんなに弱っていても、倒れ そうになっていても、不信仰で不真実であっても、です。これが、神の真実の姿です。神の真実は大いなる恵みです。
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オ リンピックが佳境に入っています。聖書には第1コリント9章の24~27節にオリンピックについての記述があります。パウロはあんまりオリンピックについ て良くは思っていなかったようです。そりゃそうですよねオリンピックはオリンピアの神々の祭典であって「異教の祭り」ですからね。今ではクリスチャンでも オリンピックを「異教の祭りだ、けしからん!」なんて言う人はいませんけどね。楽しみましょう。がんばれニッポン!
それではまたいずれ。主にありて。