2月7日主日礼拝の説教要約です。
あくまで一信徒による要約ですので神学的に間違った解釈をしている場合もあり得ます。その点はご容赦いただきたく思います。
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説教要約2月7日「世の末の現象」
IIテサロニケ2:1~17
こ こに書いてある「世の末」とは終末のことを指します。終末について扱う学問を「エスカトロギー」と言います。いつの時代も人は終末について関心を持ち続け てきました。だからこそ、こうして一つの学問分野として成立しているのです。現在でも、最近の異常気象を見るにつけ、私は世の終末が近いことを感じます。 聖書によれば、現在は既に「終末期」です。
テサロニケ教会はユダヤ主義や未信者の人々による迫害を受け、たくさんの困難の中で戦っていま した。パウロはその様子をコリントの町で聞き、彼らを励ますためにこの手紙を書きました。しかし、この手紙の動機はそれだけではなく、もう一つありまし た。それはテサロニケ教会の中にあった、終末についての間違った解釈を正す、というものでした。テサロニケ教会の中には「もう既に再臨の主は到来した。終 末はもう過ぎた」とか「終末がもうすぐ来るのだから、仕事も何もかも辞めて、ただ主の来臨を待っていればいいのだ」とかいう間違った終末解釈をする者が現 れて、そのために教会は動揺させられていたのです。パウロはそのような彼らに「すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせるな」「だれにもどのようにも、騙さ れないようにしなさい」と注意を与えました。
「主の日」という言葉に示される「日」は、基本的には太陽が東から昇って西に沈む一日、とい う意味ですが、一方で、一定の期間を表す語でもあります。故に「主の日」とはある特定の一日を指すのではなく、終末の時代が始まり、いくつかの出来事を経 て完了するまでの期間、ととらえられていました。
ペテロはペンテコステの出来事を通して、終末の到来を確信していました。聖書を見ると、 主の日の出来事について、旧約聖書で預言者たちが語ったことを主イエスが受けとり、そして弟子たちに具体的に語りました。そしてその弟子たちを通して今、 私たちがそのメッセージを受け取っています。
世の末には背教と不法とが起こると言われています。その根本的な原因は「愛が冷える」からだ と主は語りました。しかし、そんな愛の冷えた終末の時代にあって、主は私たちに「あなたがたは世の光である」と言って下さいます。パウロは同じことを「あ なたがたは選びの器、神の栄光を得ている」と表現します。いずれにせよ、私たちはこの荒れた終末の時代を、動揺することなく歩みたいものです。
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すみません。昨日の更新でウソをつきました。今年のGWは最大9連休ではなく、最大10連休でした。2桁の大台に乗るか乗らないかで印象的に大違いですよね、失礼しました。「終末の時代」はいつ来るか分かりませんが、「週末の時代」は明日から始まりますよ!!
・・・・・だじゃれで失礼しました。失礼してばっかりですね、今日は。
それではまたいずれ。主にありて。