7月5日主日礼拝の説教要約です。
あくまで一信徒による要約ですので神学的に間違った解釈を
している場合もあり得ます。その点はご容赦いただきたく思います。
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説教要約7月5日「み言葉による臨在」
創世記46:1~7

私たちは神様の臨在をどこで感じるでしょうか。ある人々は異言を語れるようになるだとか、癒しの奇跡が起こるだとかにそれを求めます。

ヤコブはエジプトに移住しようとしてベエルシェバまでやってきました。エジプト移住はヤコブ一家にとっても非常に重要な出来事でしたが、世界の歴史においても重要な出来事でした。ベエルシェバはカナンとエジプトの国境の街であり、ヤコブの父イサクが礼拝を捧げた場所でした。ヤコブもここで礼拝を捧げました。ヤコブには三つの心配がありました。一つはヤコブはすでに高齢で、これからエジプトで与えられる新しい環境に適応できるか、ということでした。もう一つは息子達が、カナンの田舎町から、世界最大の都市であるエジプトに移住したら、様々な誘惑や偶像に影響されて雑婚を起こし、自分たちの霊的な伝統を失ってしまわないか、ということでした。そして最後の一番大きな
心配はアブラハム契約の「あなたの子孫は異教の地で寄留者となり、800年間奴隷となる。しかし、多くの財産を持って出るようになる」という御言でした。ヤコブはこのアブラハム契約をしっかりと理解していました。そのため、ヤコブは「エジプトには愛する息子ヨセフが『総理大臣』として生きていました。パロはすべての財産を置いてカナンからエジプトに移住せよと言います。これは本当にあなたの御心なのでしょうか」と神様に問いました。これぞ大人の信仰というべきでしょう。

そんなヤコブに神様は「ヤコブよ。ヤコブよ」と呼びかけ「私は神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れてはならない。私はそこで、あなたを大いなる国民とするから。私自身があなたと一緒にエジプトに下り、、、」とお答えになりました。「恐れるな。私はあなたと共にいる」というこの言を聴いてヤコブは安心してエジプトに入りました。

神の臨在とは異言によるものでもなく、奇跡によるものでもなく、御言によるものです。私たちには今、聖書が与えられています。これこそが神の御言そのものであり、聖書の言の臨在こそが、神様の臨在なのです。

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7月12日の礼拝は日本基督教団上地教会の富山誠牧師が説教して下さいました。このブログでの説教要約は原則として渡辺俊彦牧師の説教のみを掲載しますので、次回の更新はおやすみとさせていただき、次は7月末~8月初旬頃に7月19日分の説教要約をお届けします。
ではまたいずれ。主にありて。マロでした( ・ิω・ิ )/