6月21日主日礼拝の説教要約です。
あくまで一信徒による要約ですので神学的に間違った解釈を
している場合もあり得ます。その点はご容赦いただきたく思います。
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説教要約6月21日「十字架の死と生への命令」
創世記44:1~17

ヨセフは兄弟達が帰る時に「あの人々の袋を彼らに運べるだけの食料で満たし、各々の銀を彼らの袋の口に入れておけ」と命じました。さらに末弟のベニヤミンの袋には銀の杯を入れておくように命じました。

兄弟達は明け方にカナンの地に向かって旅立ちました。ヨセフは管理人に命じて、彼らの後を追わせ「なぜあなたがたは悪をもって前に報いるのか。あなたがたのしたことは悪辣だ」と言わせました。身に覚えのないことを言われた兄弟達は困惑しましたが、本当に身に覚えがなかったので「もし私たちの荷物を調べて銀の杯が見つかったなら、その者を殺して下さい。そして残りの者は奴隷になります」と答えました。管理人達による荷物検分の結果、もちろん銀の杯はベニヤミンの袋から見つかりました。兄達が驚き、狼狽したのは言うまでもありません。彼らはエジプトに引き返しました。

ここで兄弟達のリーダーとして、ユダが責任を持った対応をしました。前に父ヤコブに「ベニヤミンとシメオンを責任を持って連れ帰る」と誓っていたからです。後にこの12兄弟はイスラエルの12部族となりますが、その中心となったのは彼の家系のユダ族です。このユダ族からダビデが生まれ、そしてやがては主イエスが生まれることになります。

ユダは「何も弁解の余地はありません。私たちはあなたの奴隷となります」と、兄弟全員が連帯責任を負うことを申し出ました。その上で「ただあなたの憐れみにすがるしかありません」と付け加えました。ヨセフは兄達が心からかつての自分への仕打ちを悔いていることを知り、側近を離れさせて、「私はヨセフです」と兄弟達に証し、声を上げて泣きました。そして、自分が今、エジプトの「総理大臣」としての地位にまで引き上げられたこともすべて、神の御心である、と兄達に告げました。

私たちも神様の前ではユダのように「ただあなたの憐れみにすがるしかありません」としか言えない存在です。しかし、そのようにすべてを委ねてへりくだる者に、神様は御心を示して下さり、また、大きな恵みを与えて下さるのです。神様は私たちが自分の罪を知り、心から憐れみを乞うことを求めておられます。そしてその時、ヨセフがそうしたように、一緒に声を上げて泣いて下さるのです。
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七夕ですね。ロマンチックな日です。クリスチャンが七夕を愛でていいのか!?というツッコミも入るかもしれませんが、いいんです、季節の風物詩ですから。我らがIT部は上馬教会の中でもいい加減なほがらかな集団ですからね。いいんです。楽しいことは楽しみます。さすがに教会に短冊を飾ったり願い事をしたりはしないですけどね。
ではまたいずれ。主にありて。マロでした( ・ิω・ิ )/