5月10日主日礼拝の説教要約です。
あくまで一信徒による要約ですので神学的に間違った解釈を
している場合もあり得ます。その点はご容赦いただきたく思います。
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説教要約5月10日「あなたはどこに立っているか」
創世記41:1~16

「どこに立っているか」このことばは人生観や価値観が問われることばです。今日の箇所の1節にはパロが夢を見たと書いてあります。その夢とは、パロがナイルのほとりに立っていると肉付きのよい七頭の牝牛がナイル川から上がってきた後、別の醜い七頭の牝牛が上がってきて、先に上がっていた肉付きのよい七頭を食い尽くした、という夢でした。パロはそこで一度目覚め、再び眠るとまた夢を見ました。その夢は、肥えた七つの穂が一本の茎に出てきたが、東風に焼かれてしまい、そのしなびた穂が肥えた七つの穂を飲み込んでしまった、というものでした。パレスチナ地方に吹く東風は熱風で一瞬のうちに植物が枯れてしまうと言われています。パロはこれらの2つの夢に心が乱されました。夢の意味が不明なので不安になったのです。そこでエジプト中の呪法師(魔術師)や賢者を呼び集めました。彼らは超自然現象を解き明かす専門家でありました。パロは彼らに夢の解き明かしを求めたのです。

心が乱れ、不安を感じた時にどういう行動をとるかに、人の人生観や価値観は現れるものです。パロはその時に魔術や世の知恵に頼ったのでした。しかし、彼らは誰もパロの夢を解き明かす事ができませんでした。そのため、パロはますます不安になりました。

その様子を傍らで見ていた献酌官が「あ、そうだ」とヨセフのことを思い出しました。そしてパロに、獄中に自分の夢の解き明かしをした、ヨセフという男がいる、とパロに話したのでした。その話を聞いたパロはすぐにヨセフを監獄から呼び出しました。ヨセフは髭をそり、奇麗な着物をきてパロの前に出ました。この時のヨセフは奴隷です。一方のパロはもちろん、王。最低の地位にある者と最高の地位にある者が相対したのです。しかしヨセフは心の中では自分は奴隷ではなく、「神の民の代表」であるという自覚をもって立っていました。現代に置き換えるならば、教会やクリスチャンの代表として権力者の前に立った、ということです。また、パロは神々の象徴であるナイルの側に立っていました。この瞬間、まさに偶像の神と真の神が相対したということなのです。私たちはヨセフのように立ちたいものです。
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それではまたいずれ。主にありて。
マロでした。( ・ิω・ิ )/