ついこの前お正月を迎えたばかりと思っていたら、もう2月も末です。早いものです。マロです。今日もありがとうございます。

よくキリスト教を表す言葉として「信じる者は救われる」なんて言われますけど、正直なところ、僕の実感としては逆だと思っています。「救われたから信じる」の方が、実際のクリスチャンの感覚には近いのじゃないかなーとか思います。「信じる者しか救わない」と言うと、神様の方が器が小さいように聞こえてしまいますが、「救われなきゃ信じない」と逆に捉えれば、器が小さいのは人間の方だと思えます。

信じたから救う、というのであれば、「信じる」という行為により神様の「救う」という行為を引き出すことになります、即ち人間主導で神様を動かすことになります。これでは神様は偉くも何ともありません。神様の「救う」という行為が先にあって、後から人間の「信じる」がついてくる。こういう考え方を「神の先行的恩寵」と言い・・・・・

話が難しくなると僕の頭がこんがらかるので今日はこの辺で。
それではまたいずれ。主にありて。マロでした。