週も半ばの水曜になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。マロです。

「日々コラム」とか銘打ちながら、ちっとも日々更新していないこのコラムですが、これからも思いついた時に更新します。

「信仰はファンダメンタルに、行動はリベラルに」ぼくが上馬教会で奉仕をするようになって間もないころ、渡辺牧師に言われた言葉です。これがこのブログやTwitterでの活動の理念です。

ファンダメンタルは原理主義と訳します。原理主義というと、なんだか恐ろしい考えのように捉えられがちですが、ここでは「聖書に忠実に」という意味です。

リベラルというと、政治的な左派をさす時に用いられる言葉ですが、ここでは文字通り単に「自由に」という意味です。

簡単に言えば、信仰は保守的にがっちり胸に抱きつつ、行動は自由にやれ。ということです。もっと言えば、信仰を保守的にがっちり抱いているならば、自ずと行動は自由になるということです。

神様は僕たちを縛るために福音を与えたのではなく、僕たちを自由にするために福音を与えたのです。

聖書に絶対の基準を持ち、その基準を心から信頼しているからこそ、Twitterではあれだけ「ふざけた」投稿を連発しますし、ぼくは個人的に「坊主バー」に遊びに行ってお坊さんたちと仲良くなったりもします。

もし、信仰がファンダメンタルでないのに行動をリベラルにしてしまったら、僕の信仰はグラグラと揺らいで、伝道なんてとてもできないでしょう。

そのファンダメンタルな信仰を持っていることを認めてもらっているから、ここやTwitterでの自由な活動も、認めてもらっているのです。時々はやりすぎて叱られたりもするのですが。

ノンクリスチャンの方なら、聖書ではないかもしれませんが、なにか一つ絶対の基準を持つことで人は自由になります。以前「木曜コラム」に書いたブルースの話と同じです。

福音は人を自由にする。これを信じて、今日も全力で、ふざけたり楽しんだらしながら、少しでも皆さまに聖書の言を伝えていければと思います。

 

それではまたいずれ。主にありて。マロでした。