突然ですが!!

聖書に著作権ってあると思いますか?

著作権の有無を考えるにはまず、「あるとしたら誰が権利者なのか」を 考える必要があります。著作権法によりますと、著作権は著作者にあります。つまり聖書の場合「聖書を書いた人」が権利者となります。「聖書を書いた人」は 誰でしょう。それは神様です。・・・と、言いたいところですし、本当はそうなのですが、法律はそういう解釈はしません。「聖書を書いた人」はモーセとかパウロとかヨハネとかの、「実在した聖書記者」であるということになります。ここで全国のクリスチャンが一斉に立ち上がり、声を大にして「神様は実在するし、聖書を書いたんだし、今も生きておられるのだから、神様を聖書の著作者として認めろ!!」とデモ行進をしても、法的なこの解釈が変わることはまずない と思います。クリスチャン大国アメリカでさえ、法的には聖書の著者を神様であるとは認めていません。

さて著作権は著作者の死後50年間、 保護されます(TPPが発効すると70年になるようですが、ここでは現行法の50年で話を進めます)。書かれたり公表されたりしてから50年ではありません。著者が亡くなってから50年間です。例えば、僕が今ここに書いているこの文章は今日から50年ではなく、僕が死んでから50年保護されるということで す。

聖書の著者が神様であると法が認めれば、神様は今も生きておられ永遠に死なない方ですから、この「著者の死後50年」は永遠にやってこないことになり、よって著作権も永遠に保護されます。しかし法律上は聖書の著者はモーセやパウロやヨハネですから、彼らの死後50年の時点で著作権保護期間は終了します。聖書66巻をそれぞれ別の著作物と捉えれば、例えば創世記や出エジプト記はモーセの死後50年、黙示録はヨハネの死後50年と、それぞ れバラバラに保護期間が終了します。聖書全体を聖書記者達全員による共同執筆と捉えた場合はそのうち最後に亡くなった人の死後50年(たしか最後に亡くなったのはヨハネだったと思います)となります。「いや、彼らの没年は不明だ」と言うのならば公表後50年が保護期間となります。いずれにせよ、はるか昔に聖書の著作権保護期間は終了しています。

と、いうわけで聖書にもはや著作権は存在しません。僕たちは自由に無制限に聖書を引用したり配布したりしてよいのです。

・・・という話には残念ながらなりません。

上に書いたのはあくまでも聖書の原典の話です。ヘブライ語やアラム語、ギリシア語等で書かれた聖書の原典には上記の通り、保護されるべき著作権はもはや存在しません。しかし現在僕たちが読んでいる日本語訳の聖書には実はまだ著作権があります。著作物の翻訳者は「二次著作者」として著作権を認められるのです。 故に日本語の聖書の場合、翻訳者の死後50年は著作権が保護されることになります。と、いうわけで現在広く使われている「新共同訳」や「新改訳」の聖書は著作権法で保護されています。一方で翻訳からずいぶんと時の経っている「口語訳」や「文語訳」などの著作権保護期間は既に終了しているようです。

ですので、僕たちは新共同訳や新改訳の聖書を自由に無制限には引用したり配布したり改変したり翻訳したりしてはいけないのです。例えば今、誰かが「よし俺が新しい聖書の翻訳を書こう!」と原典から直接、新しい翻訳を執筆するのは何の問題もありません。が、例えば「新改聖書を◯○語に翻訳してやろう!」というのは日本聖書協会や新改訳聖書刊行会などに許可を得なければいけないというわけです。とは言え、それほどガチガチな制限をかけられているわけではないの で、常識の範囲内の引用であれば問題ないかと思います。

さて、余談ではありますが、世の中にはなぜか「使徒ヨハネは死んでいない!」と主張する人たちがいます。上馬キリスト教会ではそのような立場には立っていませんし、他の多くの教会もこの立場はとらないと思いますが、アメリカには実はこの立場に立つ人が時々います。この人たちの主張に従えば、原典の聖書の著作権も、少なくともヨハネの福音書や黙示録については今だに保護対象だということになります。が、これもまた法律がそんな解釈を認めるはずもないので、やっぱり原典の著作権はすでに失われている、ということになります。
だいたい、ヨハネさんに著作権が今だにあるのなら大変です。だって、ヨハネさんに電話して使用許可を取ったり、ヨハネさんの銀行口座にお金を振り込んだりしないといけないですから。そもそも、ヨハネさんの国籍はどこになるんだろう?やっぱりバチカン?バチカンってベルヌ条約(著作権に関する基本的な国際条約です)の批准国だっけか?それともギリシア?それなら・・うーーん・・・ ・・・・まぁ、バカ話はこのくらいに。ヨハネさんもちゃんと天に召されているはず です。死の殻を打ち破ったのは後にも先にもイエス様一人ですから。

色々書きましたが、牧師とか聖書学者になって聖書に関する本を書くだとか、それこそ聖書を翻訳するだとか、そういう事態にでもならない限り、普通のクリスチャンや、ましてノンクリスチャンの方々にはあんまし関係のないことだと思います。もし、そういう事態になっちゃいましたら、上馬教会にお越しになって「著作権の相談だ!マロを出せ!」と言って下されば良いかと思い ます。その際は懇切丁寧に対応させていただきます。ではまたいずれ。主にありて。マロでした( ・ิω・ิ )/