今日はエイプリルフールでしたね。毎年、何か面白いウソをついてやろうと思うのですが、毎年、思いつきません。今年も結局、何もウソをつけませんでした。・・・v( ̄∇ ̄)

さて、今日も参ります。

地獄の凋落、つまり、地獄へ落ちることへの恐怖によって保たれていた価値観の凋落です。「地獄などない。死後は何もない。生きていることがすべてだ」と、死後を虚無とする虚無主義も産まれました。彼らの一部は頽廃主義(デカダンス)となり、一つの新しい文化を作り上げもしました。それまで贖罪のために教会や慈善事業に向けていた財産を、すべて娯楽や芸術のために用いたのですからそれは至極当然のこととも言えます。
「天国に行けなくとも良き父や良き市民として人に記憶されればそれでいい」と、記念碑としての死を望む人々も現れました。彼らは自らの死を美化し、思い思いの美しい記念碑を物理的にも概念的にも建てることを望みました。行動だけをみれば、これは贖罪の時代に富豪たちが行ったことと同じですが、そこにある思想はまったく別物です。
19世紀にフォイエルバッハらによって隆盛した唯物論は、死に関連する価値観のすべてを否定しました。唯物論的に考えれば人は死体となった瞬間にもはや人ではなく肉でしかありません。この「死者は人か、モノか」という問題は現在も臓器移植問題等として尾を引いています。
「死亡診断書」は19世紀のフランスで「発明」されました。パスツールの種痘の発明により19世紀は人類がペストを始めとする疫病に勝利した世紀とされます。 これは人口の統計を見ても明らかです。人が生から死へと向かう道程の中心人物は聖職者から医師に移行しました。「病院での死」「死に場所としての病院」これは現在の日本では当たり前でも、人類の歴史上でみれば非常に新しい死の形態であり、現在でもこれが当たり前でない国や地域も少なくありません。
「死亡診断書」が発明されると、新しい職業が社会に現れました。葬儀屋です。医師は死ぬまでの専門家であり、死んだ後のことはノータッチです。そこで彼らの出番となるわけです。彼らは上述の「記念碑としての死」を望む人たちと相まって、新しい需要と供給を生み出しました。死は商業化したのです。それは唯物論により死者が「モノ」となった時点で、避け得ないことではあったのですが。「お客様は死ぬだけでOK!あとは我々にお任せ下さい!!」

ちょっと後味の悪いところではありますが、今日はここまでです。
半年ほど前に祖母をなくしまして。葬儀屋さんはよくやってくれたとは思うのですが、どこか「流れ作業かよ、おい。」とがっかりしてしまう点もあったりして。 「そりゃ商売だもんな」と思ってしまう点もあったりして。「なんだかなー」と思ってしまったりしまわなかったり。難しいですよね、はい。色々考えちゃいま すよね、はい。

それではまたいずれ。主にありて。マロでした。( ・ิω・ิ )/