この連載コラムも折り返し地点を過ぎました。あと5回!!

ペストが影を潜めた17~8世紀になると、人々は冷静さを取り戻し、それまでの恐怖から来るある種の熱狂としての煉獄信仰や贖罪への反動として、善悪の基準を神にではなく理性に求める動きが強まりました。啓蒙主義です。イギリスではフランシス=ベーコンが、人間の感覚による認識をあらゆる基準にせよ、という経験論を唱えました。大陸ではデカルトが、あらゆるものを疑った最後に残る自分の理性を基準にせよという合理論を唱えました。一方では「今、ここにいる自分」を題材とする実存主義がキルケゴールやニーチェによって示されました。キルケゴールは既存の恐怖や価値観に対しての自分の小ささや弱さを強調しましたが、ニーチェは反対にそこからの脱却を強く訴え、これが実存主義の主流となっていきました。

価値観の根幹から「死」は次第に追い出されていき、「理性」や「私」がその座に着きました。ここまで、人類の思想の大きな牽引力となっていた死への恐怖が脇においやられました。・・・かのように見えました。しかし、それは表舞台から姿を消したに過ぎませんでした。否、単に人間が目を背けたに過ぎませんでした。「死」はそこに在り続け、人々の心の中には変わらずに死の恐怖があり、死への問いがあり、それらは表舞台から降りた故に、解決されるきっかけもないまま、心に巣食うようになりました。そして、死を巡る思想は迷走を始めたのでした。

今日は短いですが、ここまでです。
ではまたいずれ。主にありて。マロでした。( ・ิω・ิ )/