「死」という重っ苦しいテーマを、ブログ開設1ヶ月にして扱ってしまおうというこの企画、テーマが重いからこそ、読む方はソファにでも寝転がってダラーっと読んでいただけたら良いと思います。では今回も始めます。

現在、私たちは当たり前のように「死」そのものを考察の対象とします。しかし太古の人類にとって存在するのは「死」そのものではなく、「死者」だけでした。 彼らは自らにもやがて訪れる「死」そのものよりも、今そこにある「死者」を恐れました。そのために、屈葬(特に手足の骨を砕いてあるもの)にしたり、屍衣 (死者を包む袋のこと。棺桶が登場するのは中世以降のことです)をきつく着せたりして、死者が動き出して生者の邪魔をするのを防ぎました。反対に、死者を怒らせないように供え物をしたり、屍衣をゆるく縫うような文化もありました。また、地方によっては森に棲む獣達を死者の変わり果てた姿と捉えて、獣たちに供え物をしたり、供養をしたりするという文化もありました。日本の「香典」「紙銭」など、死出の旅立ちの路銀を死者とともに埋葬する風習は世界各地に残っ ていますが、これも路銀が足らずに死者がこの世に戻ってきて悪さをしないように、という目的から来ています。いま挙げたどの風習も「死者が生者を邪魔しないように」という目的は一致しています。

死に対する人間の行動のもっとも基本的なものは死者に対する行動です。そしてそれは「死者との和解」を目指すものでした。「死者」は今でも「先祖のたたり」「幽霊」「ゾンビ」などとして、洋の東西を問わず、恐れられ続けています。幼い子どもは自らの死を恐れることはありませんが、幽霊は怖がります。それは人間の本能に近い恐れなのです。

こうした風習や文化の中で、死者は「土に帰る者」から「死の国へ行く者」へと変遷していきました。ここで初めて人類に「死後」という概念が与えられます。「死後」を想像するというのは知性的に非常に高度な営みです。それは目に見える現実世界とは別に、もう一つの世界を心の中に創造するということで、神の創造の御業の似姿です。つまりそれは神が人間にだけ与えた特権なのです。太古の人類はこうして、死に関して「本能からの浮上」を始めたのです。

今日はここまでです。
実は僕はおばけがとっても苦手で、怪談とかホラー映画とかお化け屋敷とか、もう絶対にダメです。だって怖いんですもの、理屈抜きに。なんか知らないけど怖いんです、はい。
ではまたいずれ。主にありて。マロでした。( ・ิω・ิ )/