イースターが近づいてきました。今年は4月5日です。イースターは主イエスが十字架の死から三日めに復活したことを記念して祝う日です。死から復活したということ、それは死に勝利した、ということです。即ちイースターはクリスチャンが主イエスによって死から開放されたことを記念する日だということです。

では、主イエスが勝利したその「死」とはなんなのか。
これはとても難しい問いです。でも、避けてはいけない問いです。
「死」が何なのか分からなければ、イースターを本当に喜ぶことはできません。

と、いうわけで、イースターに向けて、特別連載コラム「死の思想史」をこれから10回にわけてお届けしようと思います。毎晩1回ずつお届けして、ちょうどイースターの前日に終わる算段です。

これは僕が何年か前にとある教会のセミナー向けに、死にまつわる思想の歴史を簡単にまとめたレポートです。あえてキリスト教思想にこだわらず、主として人類学と歴史学の視点から書いてあります。なので教会の思想、聖書の思想とは異なる点もあります。進化論に立脚している部分もあります。その点はどうかご了承ください。なんで教会向けのレポートをそのような視点で書いたかと言うと、学問の力では最終的に「死」は克服されない、ということを証明するためです。これから書く「死の思想史」は「死」を人の力で克服しようとして失敗した例の羅列なのです。

では勝手に始めます。

最初は人間以前の存在、すなわちゴリラや類人猿が、どのように「死」を認識しているか、という話。

ゴリラやチンパンジー等の類人猿は、原始的なものではありますが、死に対する認識を持っています。1950年以降、言語学者や生物学者によって、チンパンジーやゴリラと、手話やボタンなどの手段を用いて会話しようという試みが行われています。その過程で、チンパンジーやゴリラが、生きている仲間の写真と、 死んでいる仲間の写真を明確に見分け、死んでいる仲間の写真に対しては不快感や恐怖感を覚える、ということが明らかになりました。彼らは「死」を理解しているのです。しかしこれは「認識」であって、「思想」ではありません。彼らは「死」という概念を認識しているだけであって、その概念に対して完全に受動的であり、能動的な行動を起こすことはありません。たとえば「死者を埋葬する」だとか、「彼岸の存在に恐れを抱く」だとか「先祖に加護を求める」だとかいうようなことはないのです。

それに対して人間はどうでしょう。人間は「死」が呼び起こす不快感や恐怖感を克服する、あるいは緩和するために 「死」に様々な解釈を与えます。死後の世界を思ったり、死後の世界について考えたり、ということをします。これが「死」に対する「思想」の定義です。少なくとも「死」を取り巻く論考においての「人間」の定義は「死に対して能動的な行動を起こす者」です。そして「思想」の定義はその行動の裏付けとなる「理 由」です。

人類学上でもサルとヒトとの区別の最も大きな要素が「火の使用」と「埋葬」です。ネアンデルタール人がどうしてネアンデルタール「人」と呼ばれたか。それは火の使用が認められたことと、屈葬にするだとか、花を手向けるだとかの「埋葬」が行われていたことが認められたからです。

「死の思想」の歴史とは、人間が死をどう認識し、その恐怖を克服するためにどういった行動を起こしてきたか、またそれによって、人間が認識する「死」がどのように変化していったか、というフィードバック構造の歴史です。

以上。今日は疲れたのでここまでです。たぶんこの連載、最初が一番難しいです。自分で書いていてもここが一番難しいな、書きづらいな、と思います。次からは もうちょっと分かりやすくなるんじゃないかなー、そうできるといいなー、と思います。ではまたいずれ。主にありて。マロでした。( ・ิω・ิ )/