ごぶさたぶりです。まじめ担当マロです。

梅雨が早くにあけすぎて、セミも皆さんもまだ準備ができていなかったようで、今日はジリジリと暑いけれども静かな夏の日曜日となりました。日曜礼拝に行った方も行かなかった方も、よければしばしおつきあいくださいませ。

さて、人生の主人公は誰でしょう?こういう問いをすると現代社会では「自分」という答えが多く返ってきます。人生をコントロールするのは誰でしょう?と問うても、これまた「自分」という答えが多く返ってきます。

しかしこの問い、キリスト教的に答えるならどちらも答えは「神様」となります。いくら自分で人生をコントロールしているつもりでも、誰も自分が生まれることを自分で決めた人はいません。人は誰しも、気づいたら生まれていて、日々を生きているはずです。そして自分の死もコントロールできません。つまり人生とは生まれてから死ぬまでの時間を神様から預かっている状態なわけです。

これからまもなく、セミも鳴き出すでしょうが、セミもまた、限られた時間を神様から預かって精一杯に鳴くわけです。セミをそこに生かしているのは誰ですか?セミ自身でしょうか。セミを死なせるものは誰ですか?セミ自身でしょうか?

これって、現代の主流の価値観からすると、受け入れがたい考え方かもしれません。でも、考えようによっては、自分の人生の重みをすべて自分で背負わなきゃいけないと思うより、神様が責任を持って共に人生の重みを担ってくださると思えば、苦しい時、辛い時に、少し気が楽になるとも思いませんか?

キリスト教ってこんな風に、ちょっと聞くと受け入れ難かったりもしますが、よく考えてみると人生を楽にしてくれるものです。そんな風に、考え方を聖書に従って変えてみて、少し楽に人生を過ごしているのがクリスチャンなのかもしれません。

それではみなさま、よい一週間を。W杯の見すぎで寝不足になりませんようにお気をつけください。主にありて。マロでした。