木曜日になりました。マロです。今週もお付き合い下さいませ。
一昨日は土用の丑の日でしたね。皆さま、ウナギは食べましたか?

「クリスチャンってウナギ食べていいの?」って尋ねられることが時々あります。はい、クリスチャンはウナギを食べてもOKです。クリスチャンには食べ物についての制約はほとんどありません。実は旧約聖書には「食べてはいけないもの」についての記述がたくさんあり、そのリストには「うろこのない魚」も含まれるので、それに従えばウナギも食べてはいけません。(厳密にはウナギにも鱗はあるのですけどね)

しかし、新約聖書でキリストが「口に入る物は人を汚しません。しかし、口から出るもの、これが人を汚します(マタイ15:11)」と教えて下さったので、それを信じる私たちクリスチャンは食べ物の制約から解放されているのです。嬉しいことです。だって、ウナギはおいしいですもんね。大好物です。それに、旧約の律法に従ったらウナギだけではなく、カニやエビ、貝、ウニ、ナマコ、ホヤ・・・・と、日本人の大好物である海産物の多くが食べられなくなってしまいます。

クリスチャンで良かった!!日本人って世界からみると「何でも食べる」民族ですからね、「何でも食べていい!」というキリスト教はこの視点で見れば非常に日本人向きの宗教であると言えると思います。

さてこのように、口から入るものは私たちを汚さないのですが、一方でイエス様は「口から出るものが私たちを汚す」と教えています。口から出るものってなんでしょう?・・・・ゲ◯?なるほど、それは汚い。そりゃ汚れもする。

・・・って、もちろん違います。お食事中の方、失礼致しました。でも食事しながらブログを読むのは行儀が悪いですからね、食べ終わってからゆっくり読んで下さいませ。ここでいう「口から出るもの」というのは、言葉のことです。人を何よりも汚すもの、それは自分から発する言葉だよ、とイエス様はそう教えて下さっています。人の悪口を言ったり、罵ったり、呪ったり、そういうことほどに人を汚すものはないのです。

そもそも「汚れ」ってなんでしょうか。「汚れ」って、「人が離れる」ということなんです。レビ記あたりを参照すれば、「人と人との横の関係が断絶する」ことが「汚れる」っていうことなんです。反対に「清め」は「横の関係が回復する」ということです。悪口ばかり言う人、人を呪う人、そんな人は、人と人との横の関係が築けませんよね。即ち「汚れる」ということなんです。

人類学的に言えば、様々な宗教で「汚れ」とされる食べ物というのは「病原菌の感染リスクが高い食べ物」なんです。イスラム教では豚肉を食べませんが生の豚肉に病原菌がいるのは皆様ご存知だと思います。旧約聖書では例えば今回のテーマであるウナギが禁止されていますが、実はウナギって生の血液には毒があるんです。食べてしまうと病気になります。昔の概念では「病気は伝染するもの」ですから、「病気の人からは遠ざかれ」ということになります。即ち、人と人との横の関係が断絶される、「汚れ」ということになるわけです。

しかし、キリストはそんな病原菌よりも恐ろしい断絶は、自分の口から出る言葉によってもたらされる断絶だよ、とこう教えて下さっているわけです。悪い言葉は病気よりも恐ろしいものだよ、と。

・・・とか言いながら、ついつい悪い言葉を発してしまう、修行の足りないマロでございます。人の悪口を完全に言わない人なんて、なかなかいないでしょう。でもそういう言葉を言うのにはリスクがあるのだ、ということを知っているのと知らないのとでは、大きな違いがあると思います。豚肉を生で食べたって、必ずしも病気になるわけではありません。でも病気にかかるリスクがそれによって高くなることは誰でも知っていますから、みんな豚肉は火を通して食べます。同じように悪口を言っても必ずしも人との関係が壊れるとは限りません。しかし確実にそのリスクは高くなってしまうのです。

色々書きましたが、端的に言えばイエス様の言っていることは「ウナギ食べてもいいよ!その代わり、人の悪口は言うなよ!」と、こういうことです。よくよく噛み締めてみると、おばあちゃんの知恵袋みたいにストンと腑に落ちる、そして日々の生活が少しラクになるような、そんな教えだと思いませんか。
ではまたいずれ。マロでした( ・ิω・ิ )/