皆様ごきげんいかがでしょうか。木曜日です。マロです。ちょっと近頃忙しかった仕事が一段落してホッとしていたら「あぁしまった木曜日だ、コラムの日だ」と、焦って筆を取っている次第です。

さて、今日は疲れを軽減するコツの話です。疲れには肉体的なものと精神的なものがありますが、今日は特に精神的な疲れを減らすお話。もう少し砕いて言えば「脳みその省エネ」の話です。

僕は実は何かを決定するのが苦手です。優柔不断というわけでもないのですが、何かを決定するとそれだけで疲れてしまうのです。これは困った性格です。なぜなら決定ができないと、行動ができないからです。「何時に家を出よう」「どこにいこう」「何を食べよう」「何を話そう」「急ごう」などなど、行動には実はたくさんの決定が含まれます。むしろ決定の集合体が行動であると言えるかも知れません。その決定で疲れてしまうなら、行動なんてなおさら疲れてしまいます。

と、いうわけで僕は決定を最小限にして生きています。自分に選択肢を与えなければ決定はしなくていいですからね。朝起きたら聖書を読む、いつものマグでいつもの濃度のミルクコーヒーを飲む、タバコを吸って、歯を磨く・・・と、自分の行動をルーチン化してしまえば決定は必要ありません。他には例えば金曜日には必ず同じバーに行って必ず同じお酒を飲む。「どの酒にしよう」「どの店にしよう」と考えていると疲れてしまうからです。「行こうか行くまいか」さえ考えません。「行く」と決めてあるのでよっぽど事情のない限りは行くだけです。お昼ご飯も、毎日同じではさすがに飽きてしまうので「どの店に行こうか」とは考えますが、ある店に入ったらそこのメニューでは迷いません。「この店ではレバニラ、この店ではたぬきそば、この店ではゴーヤチャンプル・・・」と、店毎に頼むメニューを決めてしまっているからです。こうしておくと、店に入った瞬間にもう、くつろげてしまうんです。すごく気が楽です。慣れてきたらお店の人の方から「いつものね」と言ってくれますからなおさら楽です。ババ抜きをする時も、一回一回カードを引く度に「どれにしよう?」とは考えません。たとえば「今日は右から二番目」と決めたら毎回、右から二番目から引きます。ババ抜きは突き詰めればただの確率論ですから、どれを引くかなんて考えても仕方ないのです。考えても仕方ないことは考えない。決定は必要最低限のみ。あとはルーチン化。

「こいつはなんとつまらない生き方をしているんだ!」と思う方もいるかも知れません。しかしなんでこんなことを書くかと言うと、世の中には必ず、このやり方で人生が楽になる人がいるからです。大多数の人には関係ない話かもしれません、そういう方にはごめんなさい。

「認知資源」という言葉があります。これは心のガソリンみたいなものと思って下さい。何かの決定をしたり、ストレスを受けたり、考えたりすると減ります。基本的には寝たりくつろいだりすると回復します。枯渇すれば脳が働かなくなってしまいます。慢性的に枯渇すれば「うつ状態」になってしまいます。つまり上で僕が書いたことはその認知資源の節約方法なのです。いろいろ考えすぎる人にうつ傾向があったりするのは考えすぎることで認知資源を使い果たしてしまうからなんですね。だから考えることや決めることを減らしてやると楽になってきたりするのです。

今、なんだか行動力が湧かないという方、それは認知資源の枯渇かも知れません。ちょっと生活を見直してみて、ルーチンを増やしてみてください。楽になるかも知れません。最初はささいなことから始めても、慣れてくると意外と多くのものが、実はルーチン化できるものなのだと気付かされます。ちょっとそういう意識をして生きているだけで、「あぁ、今までずいぶんと、しなくてもいい決定をして生きてきたんだなー」と思わされます。

聖書も実はそういう読み方をすると、そこで推奨されているのはルーチンを増やした生き方です。「7日に1日は休みなさい」という安息日の規定もそうですし、旧約聖書を見れば「祈りはこうしなさい」「生贄を捧げる時はこう」「祭壇を作る時はこう」「肉を食べる時はこう」と、様々なことのルーチンがかなり細かく記載されています。昔のユダヤの人たちはそれを律法として「守らないと罰せられる、守れば救われるルール」と捉えて生活していましたが、「守らないと罰せられるルール」ではなく、「守ると人生が楽になるルール」と思えば、聖書に書いてある様々な戒律もグッと身近に感じられるようになりませんか。「イエスキリストにより私たちは律法から解放されたが、律法は一点一句廃れることはない」というパウロの教えはそういうことなのだと思います。律法は適切に応用すれば「脳みその省エネ」に非常に役立ちます。
生活をルーチン化するというと、なんだか毎日同じで人生がつまらなくなりそう、と思う方もいるかもしれませんが、実は逆です。変わらない部分が増える分だけ、変化する部分に敏感になります。自分は同じことをしているはずなのに、世界はなんで毎日こうも違うのか!と、感動さえ覚えます。空を毎朝見上げれば毎日違う空が広がっていますし、毎日同じ電車に乗ればいつも見かける人が今日はちょっとオシャレをしたりしています。同じレバニラを食べても「あ、今日は少ししょっぱい」とか「あぁそうか、この店は◯曜日にレバを仕入れるからその翌日に来ると新鮮なんだ」とか意外な発見があったりします。日記なんかをつけてみると、よく分かります。生活をルーチン化した方が、後で読み返すと日記に様々な自分の内外の変化が書き込まれてゆくはずです。

今日は脳みその元気な方には無用な話だったかも知れませんが、ちょっと脳みそが疲れたな、という方はぜひ試してみて下さい。「毎週木曜日はマロのコラムを読む」なんて素敵なルーチンを持って下さる方がいたらものすごく嬉しいです。

 

ではまた来週。素敵な初夏の日々をお過ごし下さいませ。