木曜です。マロです。
今週もお付き合い下さいませ。

もう1〜2年前になりますが、礼拝でとても印象に残った説教があったので、今日は皆様にそれをシェアしようかなと思います。聖書に絡んだ話ではありますが、ノンクリスチャンの方にも共感していただけると思います。

「隣人を愛しなさい」「神を愛しなさい」「汚い言葉を口にしてはいけません」などなど、聖書が教えてくれる戒めはたくさんありますが、その中でクリスチャンが最も守っていない教えってなんでしょう。

それは聖書のテサロニケ人への手紙第一、5章の16~18節の以下の教えではないでしょうか。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」この、「いつも喜んでいなさい」が、実は私たちには非常に難しいことではないでしょうか。

「いつも」どころか毎日、一日の半分の時間を喜んで過ごすというのでさえ難しいかも知れません。僕もこの戒めを聞いて「あぁ、僕は毎日ずいぶん長い時間をしかめっ面で過ごしているな」と気づかされました。この箇所に限らず聖書には「喜びなさい」という命令が所々に出てきます。「喜んでいいですよ」ではありません。「喜びなさい」という命令です。これはつまり、人間は喜ぶべき存在として創られたのだ、という宣言なのです。

毎日の生活にはいいことも悪いこともあります。聖書が「いつも喜んでいなさい」と語るのは、このうち、「いいこと」にしっかりと目を向けて受け取りなさい、ということです。しかし私たちは、少なくとも僕はそういう傾向があるので気をつけているのですが、ついつい悪いことにばかり目を向けて、思い悩んでしまいます。

新聞は一面の大見出しにいいニュースを掲げるよりも、悪いニュースを掲げる方が売上が伸びるのだそうです。雑誌の発行部数も同じです。人間はいいニュースよりも悪いニュースを優先して知りたがってしまう習性を持っているのかも知れません。

先日、バッティングセンターに遊びに行きました。WBCの「侍JAPAN」に触発されちゃいまして。野球は今までほとんどしたことがありませんから、まるっきり初心者です。バットに当てるだけでも一苦労です。何十球かの空振りやファールチップの末、ようやくボールをバットの芯でとらえて、良い打球を飛ばすことができました。とても嬉しかったのですが、一方でその時に右のヒジを痛めてしまいました。たぶんフォームが悪かったからだと思います。

ここで、この出来事を「良い打球を飛ばせた」という良い出来事と捉えるのか、「右のヒジを痛めてしまった」という悪い出来事として捉えるのかで、同じ出来事でもその後の生活に与える影響は大きく変わってきます。

聖書はもちろん、このできごとは「良い打球を飛ばせた」という出来事として捉えなさい、と教えているのです。そう捉えれば「ヒジを痛めてしまったけれど、治ったらまた行こう」と思えます。しかし悪い出来事として捉えてしまえば「バッティングセンターはヒジを痛めるからもうやめよう」という結論に至ります。前者の結論なら僕は「バッティングセンター」という楽しみ、喜びをこれからも得ることができますが、後者の結論では僕はその喜びを失ってしまいます。先の新聞の例でいえば、この出来事を「マロ、良い打球を飛ばす!」という記事にした方が、「マロ、右ヒジを負傷!」という記事よりも、幸せな記事になりますよね。発行部数はどちらが伸びるか分かりませんが。

もうずいぶん前ですが、よくいっていたバーで店員さんに言われました。「あなたはね、そんなに悪くない話でも、時々、すごく悪い話みたいに話しているよ。それは他のお客さんを楽しくしないから気をつけた方が良いよ」。それは例えばこういうことです。大きな仕事が入って忙しくなった時に「大きな仕事が入ってプレッシャーはキツいけど嬉しい」と話せば良いのに、「大きな仕事が入ってプレッシャーがキツい」とだけ話してしまったりするわけです。大きな仕事が入るのは本質的には喜ばしいことのはずなのに、それに付随する悪いことにばかりフォーカスして話してしまっていたわけです。これは本当に、あぁ気をつけないといけないな、と思いました。微妙な差ですが、それに気をつけるだけで、そこでなされる会話の雰囲気はずいぶん変わるものです。

今の日本は「暗い時代」とよく言われますが、それも「悪いニュースの方が発行部数が伸びる」という国民の気持ちの問題もあるのかも知れません。と、言いつつ僕も悪いニュースの方が気になってしまって読んでしまったりするのですけど。

なんでもかんでも「ポジティブに」捉えるのが良いとも言えませんが、少なくとも明らかに喜ばしいことさえ、喜ばしくないかのように捉えるのは良くないと思います。多くの出来事はよく見ると喜びを含んでいるものです。悪いことを無視して無理やり喜ぶのは良くないですが、そこに含まれている喜びの分だけはちゃんと喜ぶことが、とても大切だと思います。そうしたら、第10回で書いた通り、日々ちゃんと与えられている幸せを、日々ちゃんと受け取ることができるのではないかと思います。

先週、WBCで残念ながら「侍JAPAN」は負けてしまいましたけど、「日本が負けた」というニュースとしてよりも「アメリカチームとすごく良い試合をして選手同士はもちろん、ファン同士も仲良くなりました」というニュースとして喜びたいな、と思いました。

それではまた来週。
主にありて。マロでした。